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June 16, 2005

携帯ゲーム機のエミュレーションの歴史について。

[PSP]

◆PSPver1.0でエミュレータを動かそう 27機目
http://game9.2ch.net/test/read.cgi/gameurawaza/1118835896

大変おもしろく、よい内容だったので、
保存。(`・ω・´)シャキーン

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563 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 投稿日: 2005/06/16(木) 04:42:48 ID:9/TMPhNm
『携帯ゲーム機のエミュレーションの歴史』

 携帯ゲーム機でのエミュ道は、一夜にしてならず。
 いや、日本のPSPエミュ開発者の皆さんは1ヶ月でここまでやっちゃったから、あんまり強くも言いにくいけど。
 それでも携帯ゲーム機上でのエミュの海外での事情などを知れば、これからのPSP祭りがさらに楽しめるはずだ。では簡単な今までの流れをご案内していくことにしよう。

『第1世代:GP32』
 韓国の新興ゲーム機メーカー「ゲームパーク」が製作したGP32は、ゲームボーイアドバンスの対抗機としてリリースされた。
 GBAと比較すると10倍近いCPUパワーをはじめとしたオーバースペック、USBを介してのPCとの接続、記憶媒体は手に入りやすいスマートメディアを採用、誰でも公式ホームペ
ージから手に入れられるオープンな開発環境を用意し、広く開発者を募った。
 しかし、実売価格が当初250,000ウォン・日本円で2万5千円もすることや、ゲームがファンシー暴れん坊天狗としか表現できないTomakのシューティングやキムチマンみたいなも
んしかないことが仇になり、当初予定していたギルティギアやネオジオの移植作も発表されず、日本でも珍ゲーム機コレクターしか買わなかった。
 理由は簡単。GP32に当初実装されていたファームウェアは全部ハングルで書かれていたうえに起動が無駄に遅くてデザインも激ダサ・洒落で買った日本人も外人も中国人も、誰に
も読めなかったのだ。
 日本人は中国語や英語なら気合いである程度雰囲気が推測できる程度には読めるけど、ハングルはどんなに気合いを入れても勉強しなければ全く読めない。そのうえインターフェイ
スデザインも最悪だった。

 当初は北米展開や日本展開なども目指していたが、このせいで最初の1年は完全な失敗として過ぎていった。
 しかし、あるヨーロッパのエミュレータ開発チームがGP32の基本仕様に着目し、このぐらいのスペックならPCエンジンぐらいまでならエミュレーションできるんじゃないの? と言い
出した。
 そしてリリースされたPCエンジンエミュレータ『GPEngine』は、なんといきなり等速動作を実現した。
 そこでGP32ユーザーサイトが乱立し、GPEngine祭りが始まる。
 そして不朽の名作『Tempest2000』の作者でヨーロッパのゲーム野郎にとってのカリスマダメ人間のジェフ・ミンターが、いま僕はGP32のGPEngineにハマってるんだと自分のサイ
トでコメント。
 ミンター先生マンセーの編集者がいるイギリスのメジャーゲーム雑誌『EDGE』の『ゲームオブザイヤー』のベストハードウェア部門で、鉄騎のコントローラーを抑えての堂々1位に選
ばれた。

 その影響でヨーロッパ中の新規開発者がまた大量に参入し、ちょっとしたカーニバルが発生する。そのありさまは、現在のPSPエミュ系のスレの盛り上がりと酷似していると言ってい
いだろう。
 そこで、ユーザー同士の間でサウンドドライバやハードの仕様についての技術的な交流が始まり、支援サイトも技術的な討論BBSを特別に用意するなどサポートを充実させた。しま
いには、最悪ぶりが知られていた公式ファームを捨てて英語で使えてデザインもステキな自作ファームウェアまで登場するしまつ。
 しかし、GP32はメガドライブ以上の性能のハードは実質的に実機並みのエミュレーションは不可能で、PSPのようにオーバークロックもできたがGP32のオーバークロックは本当に
実機を破壊するオーバークロックで、最終的には殆ど封印された。
 メガドラ・スーファミエミュは、作ってみたけど次世代機に期待という顛末を迎えたわけだ。


564 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 投稿日: 2005/06/16(木) 04:43:49 ID:9/TMPhNm
『第2世代:Zodiac』
 そこで次世代携帯エミュマシンとして選ばれたのが、アメリカのベンチャー・Tapwave社のゲーム機型PalmのZodiacだった。
 GP32は、エミュレータのおかげで「高価格・高性能・開発環境公開で、ゲームがなくてもハードがそこそこ売れる」ということを実証した。USBでの接続やSDカードの採用などは、ま
さにGP32の路線継承と言っていいだろう。
 Zodiacはゲーム機としてカスタマイズされていてもPalmなので、Palmの独自のエミュレータ文化があった。ひとことで言えば零細ソフトメーカーによるシェアウェア文化だ。これは、
初期のWindowsエミュレータが軒並みシェアウェアだったのに似ている。
 そして、有料エミュレータはGP32から押し寄せた、圧倒的に出来のいいフリーエミュレータ群に駆逐されることになったのも似ていた。
 GP32エミュレータ製作グループは、携帯ゲーム機用にエミュレータを作るノウハウを独自に蓄積していたのだ。
 そんな中、GP32から初めて等速でのファミコンのエミュレーションに成功させた歴史のある「LittleJohnZodiac」が、移植にあたってマルチエミュレータとして進化し始めた。
 LJZは、ファミコン・スーファミ・メガドラ・PCエンジン・マスターシステム・アタリVCSなどがエミュレートできるようになった。
 しかし、Zodiacにはその高性能と高輝度液晶の裏腹に、問題があった。
 アメリカオンリーの販売と、Tapwave社へのデベロッパー登録をしないとベータ版を利用できないという制約だ。開発者用の環境上でしか、LJZは動かなかった。
 高価格と入手の困難さと登録手続きの煩雑さのため、なかなか敷居が高く一般的にはならなかった。

『第3世代:Play Station Portable』
 さて、ここで登場したのが我らがPSP。
 ハードの設計思想は、UMDドライブが付いていることを除けばキムチことGP32や高いゲームボーイことZodiacと恐ろしく酷似している。
 この路線は、ハードさえ売れればいいという状態になりやすい。実際、日本やヨーロッパではGP32ユーザーの1人あたりの市販ゲーム所有本数が0.05本というムチャクチャなこと
になった。
 GP32が20台売れる間に、市販ゲームが1本しか売れないと考えたらどれだけムチャクチャか分かるだろう。
 しかし、ハードの路線はこれほど酷似してるのに、PSPは開発ツールを公開せずソフトの公開法を隠す方向で展開している。
 しかもソフトが起動するのは6月15日までファームウェアのバージョン1.00のみだったため、GP32とZodiacで蓄積された携帯機エミュレータのノウハウを携えた開発者たちが参入
できなかった。
 海外で発売されたPSPのファームウェアのバージョンは1.50で、メモリカードからの非暗号化ソフトが立ち上がる1.00ではなかったためだ。

『最後に:今後の展望』
 今回のPSPのエミュレータ開発戦線では日本の開発者たちは驚異的な開発スピードで獅子奮迅の働きを見せたが、今回の1.50ファームでの起動により、そこに満を持しての海外
携帯ゲーム機のノウハウを携えた開発者も参入することになった。
 今後とも、PSPのエミュレータ開発戦線は更に加熱することになるだろう。祭りはこれからが本番だ。


570 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 投稿日: 2005/06/16(木) 04:48:07 ID:zphEAigg
>>563
第一世代はGBAじゃないの?
GBAのエミュ事情がすっぽり抜け落ちてる。
GBで動作するファミコンエミュなんてのも一応あったけど。


593 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 投稿日: 2005/06/16(木) 05:08:18 ID:Sd+BAhoc
GP32とZodiacの部分は
分かりやすかったしね。

俺がPalm弄んでた頃はGBしかなかったからなぁ。
シェアウェア買ったもの(w


597 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 投稿日: 2005/06/16(木) 05:12:20 ID:9/TMPhNm
>593
今回の1.50で、GP32やZodiacで鳴らした彼らがやって来るということをアピールしたかったんですわ。

604 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 投稿日: 2005/06/16(木) 05:17:14 ID:Sd+BAhoc
>>597
ん?そうなると危惧すべきはヨーロッパやアメリカの一部の連中が
シェアウェアでくることも考慮しないといけないのか。

まぁとは言えコンシューマに関しては今更シェアウェアで出されても
誰も金出さないか(w

アーケードはフリーのばっかだから問題ないし。
まぁ大丈夫か(w


610 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 投稿日: 2005/06/16(木) 05:23:37 ID:9/TMPhNm
>604
いや、彼ら自体がPalmのシェアウェア文化を叩き潰した当事者なんでw

Palmの伝統的なユーザーグループが、
「おまいらがこんなに出来がいいエミュをただで配ったら、今までPalmで地道にシェアウェアを作ってくれてた会社が全部撤退するじゃないか!」
とBBSで抗議してたぐらいだったなあ。


614 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 投稿日: 2005/06/16(木) 05:31:51 ID:9/TMPhNm
下手したら、ヨーロッパが発売一番遅いのはヨーロッパのあの辺の開発者を警戒してるの
かも。
力生(Lik-Sang)などのエミュユーザー用の通販会社では、GP32とかZodiacの販促
のために、定期的に自作プログラムコンテストを開催してます。

これはどういう意味かというと、GP32で凄いエミュを作ったやつに強制的にZodiacを進呈
とか、Zodiacで神エミュを作ったやつには日本のPSPの1.00を進呈とか、そういう制度で
す。
「やあ優勝おめでとう、次はコレに移植してくれ」
と無言で言ってるわけですなw

LJZ作った人は、そもそもGP32用のファミコン&スーファミエミュレータを作って優勝し、優
勝賞品としてZodiacを貰ったんですよ。


627 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 投稿日: 2005/06/16(木) 06:06:07 ID:SaR9jY+J
では体現者の私が蛇足を

Overture 携帯エミュ機の始まり

GameBoyAdvance

まず最初にここを語るにはエミュの自体の歴史から紐解かねばならないが
長すぎるので概略だけ説明する
ゲームエミュレーションに限れば黎明期には古のハードX68000上で動くfMSX X1エミュ等があり
これは非常に遅いものだったため動かしてみる程度に過ぎなかった
実際に遊べる速度出すにはコンバート作業が必要でこれはエミュレーションと呼べるものではなく
本流から外れていく事になりいくつかの優秀な移植モノが存在したが
その作業量から段々と忘れられていく事になる
しかしその後PCAT企画が固まりPCは進化を続けた
それは恐ろしいほどに進化しつづけた元の流れを作ったX68000をエミュレーションして
余りあるほどの進化である
その結果巷にはPCAT用のエミュレータが溢れ普通に遊べるほどになり市民権を得た
現在はその舞台をwindows上に移しこの流れの只中にある

しかし考えてみればエミュレーションは出来たしROMも入手可能で遊び放題
なのに何か物足りない・・・なぜだ?
windows上のそれは手軽さに欠けていた
エミュレーションでゲームを楽しもうと思うとディスプレイを見つめ
コントローラーを繋ぎなんだか非常に真面目な状態で接しなければならない
結局十分なパワーが星の数ほどあるゲームが遊べるものの遊ばなくなってしまっていた
windowsにはwindows用の綺麗で高音質なゲームが沢山あったから仕方の無い結果だったのかもしれない

忘れ去られた訳ではないが普通の出来事になってしまったエミュレーションは
技術的興味を引く事も無くなった・・・そうゲームを携帯してお手軽に遊びたかったのだ
そして時は流れた・・・


628 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 投稿日: 2005/06/16(木) 06:07:41 ID:SaR9jY+J
その前後カートリッジでゲームを交換してファミコンのように遊べる
GameBoyが発売され話題を呼びマリオ ポケモン等のタイトルが人気を集めた
しかしそれはモノクロだったし残像の問題もあって
ユーザーの不満点を解消したカラー版であるGameBoy Colorが発売された
ようやくカラー携帯ゲーム機が登場した事になる

少し横道に逸れるが実はそれより前にATARI社のLINXがあり海外ではある程度の人気を集めたが残念な事に日本では普及しなかった
私自身はそのハードウェア性能や音質の良さに惹かれて3台も購入しゲームタイトルも
国内で手に入るものは全て買ったがやはり大柄な作りや操作性の悪さから
日本からのタイトル発売も無く消えて行った

話を戻してGameBoy Color発売
これはかなり普及し海外でも高い人気で誰でもどこでも手軽にカーラーのゲームが
遊べる標準環境を作り上げた
そこで日陰の存在であったエミュレーションに再び注目が集まる事になるが
GameBoyの中身はファミコンそのものであり直ぐにこれは断念された
とても他のCPUをエミュレーションしてまともな速度が得られるようなパワーは無かった
なにせファミコンだしね

それからまた暫くの月日が流れ,いよいよ次世代のGameBoyであるその名も
GameBoy Advanceが発売される
これは基本スペックがスーパーファミコンと酷似しており
CPUこそ違うものの相当なパワーを秘めていた
それに合わせるかのように世の中には安価で大容量のSRAMが登場しており
従来はバックアップ用途ならFDDを使うのが普通だったが
小型でFDDの何十倍もの容量を持つSRAMを使わない手は無い!
と言う事かどうかは定かではないが
昔ファミコン スーパーファミコン時代に培われたパックアップ技術を駆使し
更にそのデータを任意の容量のメディアに書き込み幾つかのGBA用のソフトを
詰め込んみ選択して遊ぶ事が出来るEZ-Flash等のマジコンが登場する

当初は幾つかのソフトを詰め込んで遊ぶ事が出来た事だけで満足していたが
(SRAMデータ等を編集してゲームチートが可能と言う利点もある)
他のゲームや昔のゲームも遊びたくなるのが人情
そうだ!今ならば本体 吸出し機 書き込み可能なカートリッジ揃っているじゃないか!
これを使えばパワーはある程度あるしエミュレーション可能じゃないか!
そこでまずは近い存在であるGBソフトを動かす事が考えられ
実際にそれは可能であったが既にモノクロのゲームに用は無かった
そして暫くするとGBC用のソフトにも目を向けたが
こちらはカラーであり需要は高かったが非常に動作が遅く現在でも実用に至っていない

しかしそれでも諦めなかった!
今度はファミコンのエミュレーションに挑戦し始めたのだ!
初期のものこそ動作は遅かったりROMの問題で動かなかったが
海外の作者や日本人作者が切磋琢磨した結果現在では
解像度の問題をはらみつつもほぼ問題なく等速度で遊べるまでに進化し
セガマスターシステムエミュレーターも登場し昔の8Bit時代のハードウェアならば遊べるまでになった・・・
ただしPC Engineを除いて・・・

我々はまだPC Engineやメガドライブやスーパーファミコン等の
高度なハードウェアをエミュレーションで実用的に動かすには
幾ばくかの時が必要だった・・・

※PC Engineに関してはGBA上で動くかなり優秀なエミュレーターである
PCE Advanceが登場していますし現在も速度改善の努力は続けられています


655 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 投稿日: 2005/06/16(木) 10:27:44 ID:4/ANEeYn
<チラシの裏>
海外におけるハッキング事情 おさらい

主に中国では、正規のソフトは買うものではなかった。コピーが動けば問題なかった。
マジコンさえ開発されれば、吸ってコピーして終わりである。買い手も売り手もそれが当たり前。
あまり日本には出回っていないが、ワンダースワンやネオジオポケットのマジコンも作られた。
吸い上げられたROMイメージは、ネット上で簡単にダウンロードできるように公開されており、
「これらを遊ぶためにはFLASHカートリッジをお買い求め下さい。」という商売で儲けている。

マジコンの歴史は中国で始まったものではないが、他国の技術を盗むスピードに長けた中国は
GB~GBAの時期に、この分野のトップに躍り出た。これは、他国のハッキング文化が
個人やマニアグループでの活動であるのに対し、企業が本気でハッキングを奨励したからだ。
日本製の正規のソフトを売るよりも、自分たち(または、同胞)が作ったFLASHカートリッジを
売るほうが圧倒的に儲かるし、日本に利益を与えないため気分が良かったという。
つまり、ハードウェアを解析する能力を持ちながら、「高いソフトウェアを買いたくない」という
貧乏理念、または「日本のハードを買いたくない」という反日感情で技術が発達してきたのが
中国だと言える。金が絡まない限り何もしない、実にわかりやすい国である。

中国でPSPが正式販売されていない現在、PSPハッキングに中国の技術者が見当たらないのも
こういった背景からだと思われる。


670 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 投稿日: 2005/06/16(木) 10:52:15 ID:4/ANEeYn
<チラシの裏>
海外におけるハッキング事情 おさらい (後編)

PSPのハッキングが日本で始まり、欧米に飛び火してブレイクした。
この動きはMSXのハードウェア解析の歴史にも似ている。

海外ではアミガやコモドールといったハードウェアの解析が活発に行われていた時代があった
彼らのハッキングは市販ソフトを超える技術の追及や、オフィシャルで提供されている環境では
実現できない利便性を求める、という方向に発展したものが多い。
メガデモと呼ばれる技術誇示のフォーマットや、多くのプログラムコンテストがユーザーレベルでの
ハッキングを加熱させた。古いゲーム機のエミュレータという概念も、こういった技術発展の中で
生まれてきたものなのである。

日本では、「マイコンBASICマガジン」誌などに影響を受けたプログラマーが日本各地に増加、
ハードウェアを直接マシン後で叩くことから、ソフト・ハード両面の知識が求められていった。
ファミリーベーシックで基礎を学び、MSXやX68000といったマシンに進んだユーザーも多く見られ、
ハッキングが活発化していった。
日本のハッキング文化は、中国の悪い面と欧米の良い面が混在する文化と言ってよいだろう。
ただし、そのハッキングの目的が、最終的にはゲームに帰結することが多いのは面白いところ。
ゲーム以外の動機でハッキングが進むことはあっても、評価されにくいという文化は、前述の
「マイコンBASICマガジン」や「パソコンサンデー」の影響だろうか。

ゲーム文化の発信源である日本と、ハードウェア解析に長けた欧米が相互的に情報交換を行い、
新しいプログラムを発表している現状は、ハッキング文化の停滞を打破してくれた。
ブラックボックスだらけで解析の楽しさがないWindowsで停まってしまった停滞は、これから
もっと楽しくなっていくのではないだろうか。

PSPがもたらした最高の恩恵は、「解析する楽しさ」を与えてくれたことだったのだ。

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めちゃくちゃ勉強になりますね。c⌒っ*゚∀゚)っφ メモメモ...
GBA用カートリッジが発売されまくっているあたりも納得。




投稿者 admin : June 16, 2005 12:00 AM